2009年11月11日

生について



自分自身が何者であるか。最もわからないのは、自分自身である。どのように、自己を形成しどのような変貌するのか、わからないからである。明日のこととは、明日に聞けである。それは、生きるとは何かという意義にもつながる。何のために生きるのか、その根本的な問いに、真実*真理として納得のできるものはない。表層的な答えはいくらでもある。ひとつの真理として、答えを提示できるものはないといっても過言ではない。しかし、それでも人は、生ある限り生きる。生きることが、ひとつの答えかもしれない。ただ生きる。生に対して真摯に、真剣に生きていく。そのことが、自分自身の問いかけに対する答えなのかもしれない。
posted by かおる at 23:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワインについて、あれこれ



私は、お酒が好きである。そのなかで、ワインが一番好きである。20年以上愛してやまない。フランス料理を愛して30年以上になるが、その関係から、ワイン好きになった。私は、地産地消という視点から、フランスワイン中心に、料理にあわせるのが、一番自然だと考えている。それが、一番違和感がないからだ。ワイン好きである以上、当然コレクタ−である。20年以上、ワインをコレクションしている。ル−トは、いろいろある。コレクションのほとんどは、フランスワインである。古いものなら、1865年ものからある。コレクションのほとんどは、グラン*バンの当り年で年代ものが中心である。家で飲むこともあれば、レストランで飲むこともある。私は、自分のコレクションのワインの、テ−スティグしたものは、すべて記憶している。ワインの一本一本が自分の子供みたいで、いとおしい。だから、大事に保管している。そして、大事に飲む。時間をかけて、じっくり味わう。ワインとの対話を楽しみたいからである。ワインの話しかける言葉をじっくり聴く。自分からも話しかける。その時間は、人生にとって、極めて貴重な時間である。偉大なワインは、単なる飲み物の領域を超え芸術作品である。名画を鑑賞するのと、同じ感動を与えてくれる。偉大なクラシック音楽を聴くのと、同じ味わいを感じさせてくれる。ワインを飲みながら、画家の名画を彷彿したり、名演奏を感じたりする。フランス料理とあわせる時は、最高のマリア−ジュはなにか、自分で思案する。それが、楽しいひと時である。あるとき、ソムリエに、ある偉大な生産者の偉大な年の古酒を飲ませたことがある。その際、彼は、確かにこのワインは、偉大である。しかし、それ以上に、このワインの偉大さを理解し、最高の状態で保管されていることに、感動を覚える あなたが、コレクタ−で良かった。ワインに、とってこれ以上、幸福なことはない。と言われたこともある。コレクタ-として、こんなに嬉しい事はない。夢のような時間は、まだまだ、終わらない。
posted by かおる at 10:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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