2009年09月02日

地方分権と脱官僚



霞ガ関の官僚がどうあがいても、地方分権の流れはもう止まらない。しかし、問題は、権限や財源が地方にきても、地方公務員が第2の霞が関として機能するなら、国民にとって不幸である。霞が関のごとく地方公務員が既得権益にしがみつくのなら、地方分権の意味は無意味になる。地方が、まず受け皿ずくりを国に先じてまずすべきだ。そのためには、まず意識改革が必要だ。官僚的意識をとりはずし、庶民あるいは、納税者の目線にたった制度改革。1円の金も無駄にしない徹底的なスリム化。天下りの全廃。国民の監視化にあるために、あらゆる決定に対するガラスばりの行政すなわちあらゆる問題に関する徹底的な情報開示。それらなしに、地方分権の意味はない。
posted by かおる at 00:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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