2009年12月10日

伝統的スタイルと革新的スタイル



ポ−ル*ポ−ギュ−ズがヌ−ベルキ−ジュヌをはじめたとき、フランス料理界では、素材よりもソ−スが重要視されていた。料理の極意は、ソ−スにあった。悪い素材であってもソ−スが好ければ、すべての問題は、解決された。ある意味、ソ−スが命だった。その結果きわめて濃厚で重厚なソ−スが重宝がられた。うがったみかたをすれば、素材の悪さをソ−スで誤魔化せた。素材の吟味も重要ではなかった。バタ-や生クリ−ム*砂糖をふんだんに使う非健康的な料理が、大きな流れだつた。ポ-ギュ−ズたちは、それに異をとなえ、素材を生かした健康的なフランス料理を作り出そうとした。コペルニクス的転換である。そこでは、素材を生かした軽いソ−スが要求された。素材を生かす以上その吟味が重要視された。鮮度のよさが、最重要課題だった。それは料理人たちに、何がいい素材かみわける能力を身に着けることが不可欠とした。言い換えれば、素材がすべてだった。素材を生かすため、軽いソ−スが要求された。また、健康的という観点からバタ−*生クリ−ム*砂糖の使用を控えようとした。素材が中心でソ−スはあくまでもそれを生かす脇役的存在にすぎなかった。彼らは、そのヒントを和食に求めた。印象派の画家たちが日本の浮世絵に影響受けたように、彼らもまた日本の和食に影響うけた。古典的スタイルから近代的スタイルへと変わって言った。その流れの中で現代がある。現代の若い世代は、より軽くよりヘルシ-でシンプルでスピ-デイな食のスタイルへと変化している。それにあわせたようにフランス料理のスタイルも変化しつつある。薄味*低カロリ-わかりやすい構成力への変化である。たとえば、ス−プにおける、バタ−*生クリ-ム*砂糖の不使用である。また、ジピエの熟成の否定である。癖のある特有の臭みを嫌がりあまり熟成させず、調理しようとする。あるいはジピエの存在そのものを否定しようとする。この流れからすると、ジピエ料理すらなくなるかもしれない。旧世代にとっては悲しいことだが、これは現実である。大きな変革がちかずいていることは、確かだ。
posted by かおる at 21:51| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然のコメントにて大変失礼します。
自分はオテルドヨシノ料理長 手島純也と申します。タベログでの口コミを拝見しましてコチラに着させていただきました。
初めに伝えたい事は当店に遠路ご来店いただいた事を感謝します。加えてご期待に答えられなかった事を心からお詫びします。
実は当日、お客様とお話できなかった事を悔やんでいたのですが(確か満席だったと思います)あの口コミを拝見させていただいて余計に後悔している所です。
書かれた事はお客様が実際感じた事だと思うのでそれをどうこうして欲しくてコメントしている訳ではアリマセン。僕より遥かにフランス料理を経験されているお客様との会話は自分に取っての糧です。その機会を逃した事が悔しくてナリマセン。
お客様が予約された時点から直感でフランス料理を食べなれたお客様であると思っていましたので楽しみにしておりました。が、手が空いてサービスに尋ねた所、既に帰られたと。
おっしゃる通り、ウチのお店はグランメゾンと呼べるサービスを提供できて居ません。
シェフである自分が肯定してはいけないことかも知れませんが実際、グランメゾンと呼ばれるパリタイユヴァンや東京アピシウスと比べれば月とすっぽんです。
しかし、意識は常にそこを向いています。
料理もしかりです。
当店の価格として1回目の機会が芳しく無い時に2回目の機会がありえるとは思ってはいません。が、願うるなら是非共もう1度お食事にいらして下さい。
突然のメッセージにて失礼いたしました。
突然のメッセージをお許し下さい。
Posted by 手島純也 at 2011年03月17日 21:44
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